どんなキャリアも尊く貴賤はない

今から35年ほど前、私がまだ若く貧困と心の傷に苦しんでいた頃、賃金週払いの工事現場のガードマンや、日払いの肉体労働を仕事にしていました。

住込みで果実店で販売の仕事をしていた時期もありました。
こちらの画像は、その果実店の店主から頂いた写真です。
白衣を着ているのが22歳頃の私です。

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「職業に貴賤なし」

よく言われることですが、私も今は心底そう確信しています。

しかし、当時の私は、そんな言葉はキレイごとに過ぎず、恵まれた人がやるカッコイイ仕事と恵まれない人がやるカッコワルイ仕事があるのが現実だと思っていました。

住み込みでお店から白衣を借りジーンズも貰って果物を売ったり、工事現場にずっと立っていたり、そんな自分のことを「カッコワルイ」と思っていました。
そして、パリッとしたスーツを着て人前に立つ「何とかコンサルタント」のような仕事に就くことを夢見ていました。

今では、そんなことを考えていた若かりし頃の自分のことを思い出すと恥ずかしくて冷や汗が出るような気持ちになります。
むしろ、白衣を着ている自分の姿を見て、「カッコワルイ」どころか、むしろ愛おしく誇らしく感じるようになりました。
私を雇ってくれた果実店の店主の方をはじめ、色々な職場で私と関わってくれた人達にも心から感謝しています。

炎天下の工事現場で、休憩時間に缶ジュースをくれた方。
100円程度ではありますが、本当にお金に苦しんでいた自分には有難かったです。

トラックターミナルで、いつも社員食堂の食券を分けてくれた方。
500円程度のものかもしれませんが、やはり自分にとっては有難かった。

「あなたは、こんなところで働いていちゃいけない。早くしっかりとした仕事をしなさい」
そんな風に諭してくれた方もいました。

その他、全ては書ききれませんが、そのような人々の優しさは、今でも忘れません。

以前は、傍からは「カッコワルイ」と見られてしまいそうな低賃金の仕事を辞めて、人目につく「カッコイイ」仕事に就くことが「成長」だと思っていました。

でも、それは大きな勘違いでした。

では、本当の「成長」とはなんでしょうか?

どんな仕事も尊いという信念を持ち、自分に求められる仕事を、選り好みせずに心からの感謝を込めて命懸けで成し遂げること。

それができるようになるのが、真の「成長」なのでしょう。

ノーベル平和賞を受賞した有名な故マザー・テレサ氏もこう言っています。

 

神は私たちが小さいことに大きな愛をこめて行うようにと創られました。

 

ゆだねられた仕事をしているときはいつでも、真心をこめて行いなさい。
どれだけたくさんしたかではなく、どれだけ忠実に、していることに信仰をこめるか、です。
していることに違いはないのです。
ただ、時々、私たちは忘れたり、他の人を見て、人がしていることを自分もしたいと思って時間を浪費します。

 

どんな仕事であっても、「求人」が出ているということは、誰かがお金を出してでも手助けしてくれる人を求めているのです。
人が足りなくて困っているところの「求め」に応じて、頼まれた仕事を成し遂げるのは立派な社会貢献なのです。

55歳になった今の私は「何とかコンサルタント」と名乗り、時には「先生」と呼んでもらえるようになりました。

しかし、工事現場のガードマンやトラックターミナルでの荷捌き、物流倉庫のピッキングなどの仕事が、自らのキャリアの尊い原点であったことを忘れてはいません。

まだまだ未熟者であるのも自覚していますが、「何とかコンサルタント」として独立した個人事業主になってから、自分なりに一定の成果は上げられたと思います。
漠然とではありますが「やり切った」という達成感も得られました。

そんな今こそ、これから、もう一度原点に返って、若かりし頃の自分が「カッコワルイ」と思っていた仕事をやってみたいと思っています。

もちろん真面目にはやっていましたが、当時は心から働く喜びを感じてはいませんでしたし、感謝の気持ちもありませんでした。
正直言って、嫌々働いていました。

これからの人生において、今の仕事も続けながら、昔は「カッコワルイ」と勘違いして嫌々やっていた、工事現場のガードマンやトラックターミナルでの荷捌き、物流倉庫のピッキングなどのアルバイトを、感謝の心を込めて命懸けで成し遂げることに大きな意義がある。
それが、自らの人徳を磨く修行であり社会貢献でもある。

「職業に貴賤なし」
その言葉をキャリアコンサルタントとして自ら実践することが、これからの私のキャリアにおける大きな役割だと考えています。