ソーシャル・キャリアコンサルタント 五十嵐郁一 Official Blog

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傾聴から「敬聴」へ

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※画像はイメージです

「傾聴から『敬聴』へ」

これは、かなり昔ですが、ある産業カウンセリングの研修会に参加したときに聞いた言葉です。
ベトナム出身の禅僧ティク・ナット・ハン師の言葉を訳したものだそうです。
ハン師は、グーグルでマインドフルネスの指導を行ったこともある著名な禅僧ですが、訳も含めて、さすがに深い言葉であると感じました。

その言葉を聞いたとき、「そうなんだ、真剣に人と向き合うならば、傾聴ではなく『敬聴』が必要なんだ」、そんな想いが、心の中で波立たつように広がっていきました。

なぜ、そのとき「敬聴が必要」だと感じたのか?

それは、自分の無意識に根を張っていた「傲慢さ」への気付きがあったからだと思います。

「自分は、人に対して、本当に関心と敬意を持って接していただろうか?」。
「自分は、資格を取ったくらいで人の話を聴けると思い上がっていただけではないか?」。
「劣等感の裏返しで、人を見下したり、卑屈になったりしていたのではないか?」。

「敬聴」という言葉に向き合ったとき、そんな問いが湧き上がってきました。

もちろん、私は弱い人間ですから、そのような「傲慢さ」を心の中から完全に消し去ることはできないと思います。

しかし、謙虚になり一歩引いた目線で、自らの「傲慢さ」を客観的に見つめることができれば、心が完全に支配されてしまうことはないでしょう。

カウンセリングの神様と言われたカール・ロジャースは、カウンセラーの重要な姿勢として、「自己一致」を挙げています。
それは、簡単に言えば、「自分に嘘をつかない」ということです。

傲慢になりがちな自らの心の動きを見据えながら、目の前のいる方を、世界でただ一人のかけがえのない存在として敬う。

そのような謙虚な態度で人の話を聴かせて頂く姿勢を忘れてしまっては、ソーシャル・キャリアコンサルタントとして失格だと思います。

そして、もう一つ、心に残っている言葉があります。

「カウンセラーは、常に共感力の限界を問われ続けている」。

人と向き合うときに、つい、自分の信念や価値観に捉われて、善悪を判断してしまうことがあります。
それも、自分が正しいと思いたくなる「傲慢さ」の現われの一つです。

やはり、人と対峙する際に問われるのは、相手の方に対する「共感力」だと思います。

だからこそ、ソーシャル・キャリアコンサルタントとして、自らのエゴと向き合い、人に対する「共感力の限界」を超え続けていかなければならない。
そのためには、「敬聴」によって人と向き合うことが最高の修行になる。

そして、その「修業」とは、特別なカウンセリングの場でやるものではないと思います。

いま職場にいるなら、その職場の人々と。
いま家にいるなら、その家庭にいる方と。
いま一人でいるなら、自分自身と。

そのような目の前にいる方を大切にして、「敬聴」することが、最高の修行になるのではないでしょうか。
そう考えると、日常生活が、気の抜けない真剣勝負の修行の場になります。

まだまだ、修行が足りない。
まだまだ、学ばなければならないことが沢山ある。

時折「敬聴」という言葉を思い起こすと、改めてそう思い知らされます。
お恥ずかしながら、まだまだ、そんな未熟な自分と向き合う日々を送っています・・・。