ソーシャル・キャリアコンサルタント 五十嵐郁一 Official Blog

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人の心が動く、味わい深い「半熟の言葉」

「上から与えられた方針や目標を、そのまま下に降ろすだけなら存在意義は無い」
「自分の言葉で伝えなければ、周り人はついてこない」
組織を預かるリーダー・マネジャーは、良くこのような事を言われます。
 
では、その「自分の言葉」とは何でしょうか?
私は、それを「半熟の言葉」と呼んでいます。
 
卵の半熟をイメージしてもらえればと思いますが、下の画像を見てください。
 

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「半熟の言葉」とは、「固ゆでの言葉」と「生の言葉」の間になります。
 
「固ゆでの言葉」は、いわゆる「理念」や「スローガン」「目標」など、組織の上の階層から落ちてくる、理想を表したような言葉です。
わりと「お固い」言葉で、「上からの方針は・・・」などとそのまま伝えても、当たり前すぎて人の心に響かないものです。
 
「生の言葉」というのは、個人としての感情や主観、利己心などの本音をそのまま吐き出した言葉です。
ポジティブなものもあれば、生卵のようにドロドロした「いやあ、自分だって辛いんだよ・・・」というようなネガティブなものあります。
ネガティブな言葉になって出てしまうと、周りの人に悪影響を与える場合があります。
 
「半熟の言葉」とは、例えば、「理想と現実」、「建前と本音」、「組織と個人」などの矛盾を生じるような状況における葛藤の経験を通して紡ぎだされた「自分の言葉」です。
 
それは、自分の心の中に沸き起こる「生の言葉」を見つめ、外の世界との折り合いを付け、「心の内と外」を統合するプロセスから生み出される言葉です。
 
なぜ、矛盾や葛藤から、マネジャーが語るべき「自分の言葉」が生み出されるのでしょうか?
 
世界的に有名な経営学者であるヘンリー・ミンツバーグ教授は、著書「マネジャーの実像」でこう書いています。
 
「板ばさみや袋小路や迷宮や謎は、マネジメントと切っても切り離せないものだ。マネジメントそのものと言ってもいい。これらのジレンマが消滅することはけっしてない。緩和できないし、折り合いをつけられたとしても解決できない」
 
つまり、マネジメントとは、矛盾に「折り合い」をつけていく葛藤のプロセスということです。
だからこそ、葛藤に真摯に向き合ってきた経験を内省して生み出された「半熟の言葉」が、マネジャーの力量を示すものになるのです。
 
「半熟」の熟し具合は、人によって微妙な味わいの違いになります。
経験や内省の仕方が人によって異なるからこそ、「自分の言葉」になるのです。
 
そのような言葉は、やはりその人なりの裏打ちがあるので、他の人の心を動かします。
 
出口治明氏は、日本生命に就職し、49歳で部長職のときに左遷され、59歳でライフネット生命を起業しました。
現在はライフネット生命の会長兼CEOですが、大企業の中で、色々な葛藤と向き合っていたと思います。
出口氏の著書「『働き方』の教科書」には、こんな言葉が並んでいます。
 
「仕事と人生を算数で考えると、日本人にとって仕事の時間が占める割合はたった三割であるというファクト(事実)が導きだされます」
 
「人生の三割でどうでもいいことであれば、多少上司に嫌われても、少しくらい人間関係が壊れても、自分の腑に落ちた事だけを堂々と主張し行動すれば、それでいいと割り切る事ができます。人生のメインは7割にある。家族がいて、友達もいるのだから自分に正直であればそれでいい。そう思えれば、仕事で何が起こっても平気なはずです。思い切って、自分の考えたことをいい、やりたいことがやれるはずです」
 
この言葉を読むと、独特の言い回しで、出口氏の「仕事とプライベートの折り合い」が行間から良く伝わってくるように思います。
また、読んだ人は何となく勇気を貰ったように感じるのではないでしょうか。
 
組織を束ねて行く仕事というのは本当に大変な事だと思いますが、それがそのまま「半熟の言葉」をつくる材料になっていきます。
 
そして、それが自分だけの独特の味わいとなり、周りの人にとっては、自らついて行きたくなる魅力として感じられることでしょう。