人が、専門性を高めていくなど成長できるかどうかの最大の決め手は何なのでしょうか?
知能研究の大家と言われている、ロバート・スタンバーグによれば、「あらかじめ備わった固定的な能力にではなく、目的に即してどこまで能力を伸ばしていけるかどうかにある」ということです。
では、「能力を伸ばしていけるかどうか」の分かれ目は何なのでしょうか?
その答えは、既に科学的に明らかになっています。
「人間の基本的な資質は努力次第で伸ばせるという信念」
つまり、「もともと」備わっている才能・素質や行動特性で人の能力が決まるのではなく、能力は後天的に伸ばせるという「信念」が能力向上を促すということです。
そして、その信念が、後天的に能力を伸ばすための、新たなチャレンジに対する行動姿勢に大きな影響を与えているのです。
ドゥエックは、人の能力に対する信念・心の在り方を、以下の通り、「しなやか」「こちこち」という2つの「マインドセット」に分けています。
・知能は、現在のレベルにかかわらず、かなり伸ばすことができる
・どのような人間かという基本的な特性は、変えようと思えば変えることができる
・現在、どのような人間であっても、変えようと思えばかなり変えることができる
■こちこちマインドセット(fixed-mindset:固定的知能観)
・知能は人間の土台をなすもので、それを変えることほとんど不可能
・新しいことを学ぶことはできても、知能そのものを変えることはできない
・どのような人間かはすでに決まっており、それを根本的に変える方法はあまりない
・ものごとのやり方は変えることができても、人となりの根幹部分を本当にかえることができない
そして、ドゥエックはこう書いています。
「人間の能力は学習や経験によって伸ばせるものなのか、それとも、石版に刻まれたように変化しないものなのかという議論は、今にはじまったことではない。しかし、あなたがどちらの説を信じるかによって、あなたの未来は大きく変わってくる」
ドゥエックが本書に記した研究の成果や、本書の出版後にも続いている脳科学などの様々な研究において重要視されているのは、能力の先天性・後天性の根拠の有無ではなく、「努力次第で変えられる」という信念そのものが行動に与える影響なのです。
その人が持つマインドセットによって、さらに次のような違いが現れてきます。
・失敗が成長につながる(成長できなくなった時が失敗)
・「成功」よりも、長期的に潜在能力を開花させるための「成長」を求める
・自分を向上させることに関心を向ける
・努力を惜しまない
・結果よりもプロセスそのものに意義や意味を見いだす
・自分の間違いや失敗を素直に認めることができる
・欠点を克服しようとする
・自分を成長させてくれる人を求める
・新しいことに目を輝かせる
・無心で物事に打ち込んでいるうちに余得としてトップになる
・自分や他人の評価よりも何を学べるかを重視する
結果的に、今の自分の能力の範囲を超えた、新たなチャレンジにも意欲的に取り組んでいくようになります。
■こちこちマインドセット(fixed-mindset:固定的知能観)
・つまずいたらそれでもう失敗
・他人からどう評価されるかを気にする
・「成長」よりも人から評価されやすい「成功」を求める
・努力はなるべく避けるべき
・結果がすべてで失敗したり一番になれなければ無意味
・完璧な自分の優越感を誇示したい
・欠点を隠そうとする
・自尊心を満たしてくれる相手を求める
・既に知っていることを好む
・トップの座を必死に求める
・自分や他人の品定めをする
結果的に、今の自分の能力の範囲で大きな失敗をしないような行動をとるようになり、新しいことにチャレンジすることを避けるようになります。
かなり大きな違いがありますが、ビジネスやスポーツの分野においても、長期的に高い成果をあげている人の多くが「しなやかマインドセット」を持っていることが明らかになっています。
また、指導者としての、教師や企業のマネジャーのマインドセットが、生徒や部下の能力向上に大きな影響を与えることも明らかになっています。
やはり、能力向上のレベルが高いのは、「しなやかマインドセット」を持った人が指導者となった場合です。
では、そのマインドセットを、「こちこち」から「しなやか」に変えることはできるのでしょうか?
ドゥエックは本書でこう書いています。
本書の中では、そのための方法も記されていますが、子供に対しては、こんなメッセージが有効であったという例を挙げています。
「あなたは自分の脳の世話係なのよ。正しい使い方をすれば脳の成長を助けてやることができるわ」
ただし、ドゥエックは、マインドセットを変えることの難しさも認めています。
「マインドセットを変えるにはまず、その自己を返上する必要がある。想像される通り、長年、本来の自己だと思っていたもの、自尊心の拠り所となっていたものを捨て去るのは容易なことではない。とくにたいへんなのは、マインドセットを切り替えることによって、それまでずっと恐れてきたものーチャレンジ、苦闘、批判、挫折ーをすべて受け入れざるをえなくなることだ」
では、その恐れを乗り越えてまで、マインドセットを変える価値はあるのでしょうか?
ドゥエックはこう書いています。
「人のマインドセットは、小手先のテクニックで変えられるようなものではない。マインドセットが変化するということは、ものごとの見方が根底から変化することなのだ。マインドセットがしなやかになると、夫婦、親子、教師と生徒といった人間関係のあり方が変わってくる。評価する者と評価を下される者という関係から、学ぶ者と学びを助ける者という関係に変わってくるのである」
先に、指導的な立場にある人のマインドセットが、人の能力の向上に影響を与えると書きました。
それを想うと、企業において指導的な立場に立つ人は、自ら「しなやかマインドセット」になっているかどうかを見つめ直してみると良いのかもしれません。