

仕事柄、色々な会社の人材開発部門の方とお会いする機会が多いのですが、かなり高い問題意識をお持ちの方から、こんなことをお聞きしたことがあります。
「社内の教育を外部の研修専門会社や
コンサルタントに頼ってしまっていて、教育部門というよりは、まるで『研修の購買部門』のようだ」
本来の人材開発部門の役割とは、社内で研修を実施することだけではありません。
しかし、人員に余裕がなく日常業務に追われてしまったり、特に日本企業では他部門からのローテーションによる異動も多く、人材開発のプロフェッショナルとしての専門性を身につける時間や経験が不足していたりする場合もあります。
そのような状況では、経営陣や現場からの教育ニーズに対し、迅速に一定の質をもって応えるために、まずは研修を外注して実施するのも止むを得ないことでしょう。
効果的な研修を選定できる「バイヤー」としてスタートするにしても、「目利き」できるようになるには、相応の知識は必要になります。
また、いずれは、自分自身で、自社の課題解決に適した独自の研修プログラムを企画できるようにならなければ、他の企業に対し、人的な競合優位性を築くことは難しいでしょう。
では、そのための専門性を高めていくには、どのように学んでいけば良いでしょうか?
まずは本を読んで正しい知識を得て、それを実践していくことが必要ですが、基本を学ぶのに最適な本が最近出版されたので、ご紹介しておきます。
東京大学の
中原淳准教授の著書「研修開発入門ー会社で『教える』、競争優位を『つくる』」です。
内容の詳細は著者の中原氏のブログを参照してください。
研修の作り方や理論などを解説した良書は他にもあり、それぞれ特色があります。
本書が、企業で人材開発に携わる上での基本を学ぶのに適している点は、企業との実践的な共同研究を続けてきた著者ならではの経営的な視座にあります。
中原氏は、本書の冒頭でこう書いています。
「研修内製化という観点からは、従来の学習の観点に加え、組織・経営といった観点を含み、かつ、企業内部に働く政治学に目配りを行った研修開発の入門書が必要であると、筆者は思います」
従来の研修開発に関する本は、「研修そのもの」、つまり研修のカリキュラムや教材の作り方や、講師・
ファシリテーターとしてのテクニックに焦点を当てたものが多かったと思います。
しかし、先に書いたように、企業の人材開発部門の役割とは、必ずしも「研修」を実施することではありません。
では、本来の役割とは何なのでしょうか?
本書にはこう書かれています。
「経営学的には、人材育成とは『組織が戦略を達成するため、あるいは組織・事業を存続させるために持っていてほしい従業員のスキル、能力を獲得させることであり、そのための学習を促進すること』であるとされています」
「よって、人材育成を語るときには、さまざまな施策が、どのように『企業の戦略達成』『組織・事業の存続』ー企業の経営活動に資するのかーについては、最大限目配りを行い、意味付けていくことが求められます」
つまり、人材開発部門の役割とは、研修の実施ではなく、企業の業績向上やビジョンの実現に貢献することなのです。
その手段として「研修」を実施する場合も、担当者が開発のプロセス全体を経営の視座から俯瞰しながら推進していく必要があります。
その中には、先に引用したように「
政治学」的な要素も必要になってきます。
経営コンサルタントのトム・ピーターズ氏は、「人の世は、政治、すなわち利害の調整と妥協で動いている」と言っていますが、企業の人材開発の現場においても、この言葉は十分に当てはまります。
本書は、企業の戦略達成の手段の一つである研修開発に関する本ですが、経営的な視座からの実践的な示唆が随所に散りばめられているので、人材開発の現場で仕事をするための入門として適していると思います。
そして、より知識やスキルを深めていくために、入門としての本書の後に、このブログで紹介してきたものも含めて色々な本を読んでいくと良いでしょう。
以下の過去記事も参照して頂ければと思います。
・初めて人事関連部門で社員教育の担当になった方に贈る3冊の本
・これから研修の内製化を進めるために知っておくべきこと
・企業における研修開発のグローバルスタンダードを指し示すガイドブック