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人材育成を科学的に探求するための「経営学習論」という新たな地図


「企業の人材育成は科学的な根拠に基づいてなされるべきである」
このような言葉を聞いた時に、反対する方は少ないと思います。

しかし、企業内人材育成の「科学的な根拠」となるような学問的理論は何か?と問われて、明確に答えられる方も少ないのではないでしょうか。


企業内人材育成に関連する個々のトピックに関する研究は、経営学や心理学、応用行動科学など、様々な分野でなされてきました。
しかし、企業内人材育成を俯瞰できるような統合的な枠組みとして、誰にも認知されるような、特定の学問的領域は無かったと思います。


そのような従来の状況において、新たに、企業内人材育成を科学的に捉える統合的な枠組みを提供したのが、東京大学大学院の中原淳准教授の著書「経営学習論: 人材育成を科学する」です。


本書において「経営学習論(Management Learning)」とは、「“企業・組織に関係する人々の学習”を取り扱う学際的研究の総称」と定義されています。


西欧では、「Management Learning」という言葉はある程度認知されているようですが、日本においては、本書で初めて明示された概念と言ってもよいでしょう。


経営学習論について、中原准教授はこう述べています。


「それは、単一のディシプリンに基づく知的探求によって切り開かれる研究領域ではない。むしろ様々な領域の研究者が定性的調査・定量的調査などの多種多様な研究方法論を用いて関与し、経営現場における人々の学習を学際的に研究する。それらの知見が実務家に解釈され、実践され、経営現場の変革に資することをめざしている」


つまり、「現場」で起きていることを科学的に分析して、企業で働いている人がその知見を実際の経営に活かすための、実践的な学問領域であるということです。


本書は、学術書ではありますが、企業の中で人材開発やマネジメントを担う方々が読んで役に立つ内容になっています。


経営学習論が、実践に役立つ統合的な理論的枠組みとして意義深いのは、学際的な知見を、以下の5つの理論的視座で構成されるフレームワークで俯瞰出来ることです。


1.組織社会化
2.経験学習
3.職場学習
4.組織再社会化
5.越境学習


「組織社会化」とは、組織に新たな人が入り定着していくために必要な学習を探求する視座です。例えば「新入社員をいかに育成すればいいのか」という問いに答えようとするものです。


「経験学習」とは、企業の現場での業務経験の積み重ねとその内省を伴った学習を探求する視座です。
例えば、「いかなる経験を付与して、マネジャーを育成するのか?」という問いに答えようとするものです。


「職場学習」とは、職場の中で人が仕事をする中で、他の人や環境との相互の関わりによって得られる学習について探求する視座です。
例えば、「若手社員が育つ職場とは、どのような特徴をもっているのか?」という問いに答えようとするものです。


「組織再社会化」とは、ある組織の中で経験を積んで一定のレベルに達した人が、別の組織に移った場合に生じる学習や変化を探求する視座です。
例えば、「中途採用の社員をいかに育成するのか?」という問いに答えようとするものです。


「越境学習」とは、本書では、「組織に勤める個人が、組織外に出て行う学習」と定義しています。
例えば、「組織外で開催される勉強会・交流会でいかに学ぶか?」という問いに答えようとするものです。


上記のように、経営学習論の5つの視座は、新入社員研修や現場でのOJT、中途採用など、現場において、人材育成の施策が必要となる実際の場面と網羅的に対応しています。


そのため、経営学習論は「企業内人材育成を科学的に捉える統合的な枠組み」として、適切なものであると言えるでしょう。


本書では、上記のような理論の枠組みを提示するだけでなく、企業経営における学習の最新の研究知見が提供されています。


また、データを統計的に分析するプロセスも書かれているので、「人材育成を科学するとはどういうことか?」についても理解が深まる内容になっています。


本書は、「実務に活かせる学術書」として、研究者だけでなくビジネスパーソンも読むべき価値のある新たなタイプの書籍だと思います。

あとがきには、「志ある人々の『これから』に本書を贈る」と書かれていますが、本書の知見を活かして、企業ではたらく人々の成長を支援し企業価値の向上に結びつけていくことが、ビジネスパーソンが担うべき役割となるでしょう。