

企業では、社員が「プロフェッショナル」になることを求める傾向が、ますます強くなっています。
しかし、目指そうとする「プロフェッショナル」の人材像や、成長に至るプロセスなどについては、曖昧になっている場合もあるのではないでしょうか。
やはり、企業において人材開発を担うには、そもそもプロフェッショナルとは何なのかという根本的な定義を明確にしたうえで、育成プロセスをデザインしていくことが重要でしょう。
北海道大学大学院経済学研究科の松尾睦教授は、企業におけるプロフェッショナルへの成長と経験からの学びとの関係の分析結果を、著書「経験からの学習−プロフェッショナルへの成長プロセス」で解説しています。
本書では、高業績をあげている営業・コンサルタント・プロジェクトマネジャーを対象とした分析が主題となっていますが、経営学や心理学などの先行研究もわかりやすく整理されているので、「プロフェッショナルへの成長」について体系的に理解することができます。
まず、「プロフェッショナル」とはどのような人なのでしょうか?
理論的には、「特定領域において、専門的なトレーニングや実践的な経験を積み、特別な知識やスキルを獲得した人」を「熟達者」と言います。
熟達者は以下の4つの特徴を備えています。(P35)
1.特定の領域においてのみ優れている
2.経験や訓練に基づく「構造化された知識」を持つ
3.問題を深く理解し、正確に素早く問題を解決する
4.優れた自己モニタリングスキルを持つ
つまり、熟達者とは、専門分野における体系的な知識を持ち、自分の能力やおかれている状況を客観的に把握し、セルフコントロールしながら問題に対処していける人を指します。
まず、「プロフェッショナル」としては、熟達者であることが最低限の要件になりますが、「熟達者=プロフェッショナル」ということではありません。
プロフェッショナルの語源には、「神の託宣を受けたもの」という意味合いがあります。熟達者であることはあくまでも「最低限」の条件であり、「プロフェッショナル」の理想像としては別の要件が求められます。
その要件については、様々な先行研究がありますが、概ね以下の6つにまとめることができます。(P50の記述を修正)
1.専門的なサービスを顧客に提供するために知識・スキルを獲得している
2.同じ領域の専門家や同業者のコミュニティに属している
3.職務を遂行する上で自身の判断に基づいて自律的な行動がとれる
4.同僚や顧客から専門家として認められている
5.顧客の目標達成を助け、公共の利益に奉仕することを重視している
6.職業に対する愛着を持って、たとえ外的報酬がなくてもその分野で働きたいという献身的な姿勢を持っている
上記について、松尾教授は以下のようにまとめています。
「すなわち、『優れた知識・スキルを持ち、自律的に活動することができ、他者へ奉仕したり自分の職業に貢献したいという気持ちを持つ人』がプロフェッショナルとして認められるべきであろう」(P52)
これが、理論的な側面からのプロフェッショナルの定義と捉えても良いでしょう。
そのようなプロフェッショナルが育つには、実務における「思いを込めた経験」が不可欠になります。
「思いを込めた経験」について、松尾教授はこう説明しています。
「ここでいう思いを込めた経験とは、それまでに手がけたことがない挑戦的な課題に対し、顧客との思いを共有しつつ、自分の能力の全てをぶつけて真剣に取り組んだ経験を指す」(P190)
では、プロフェッショナルは、その成長の過程においてどのように経験から学んでいくのでしょうか?
それは本書の中で詳しく分析されていますが、松尾教授は得られた知見を以下のようにまとめています。(P178)
1.人がある領域において優れた知識・スキルを獲得するには約10年かかり、6〜10年目の中期の経験が熟達の鍵を握る。
2.人は主に挑戦的な仕事から学ぶが、領域が異なると挑戦の仕方も異なる。
3.人は主に目標達成志向と顧客志向の信念のバランスを保つとき、経験から多くのことを学習する。
4.人が学習目標を持つとき、目標達成志向と顧客志向の信念が連動する。
5.顧客を重視し、メンバーが知識や行動を巡って競争している組織において、目標達成志向と顧客志向の信念が高まり、組織内の学習が促進される。
上記の内容を見ると、企業がプロフェッショナルを育成していくには、長期的な視野での取り組みが必要だということがよくわかると思います。
それは当たり前のことかも知れませんが、統計的に実証されたことが意義深いと思います。
そして、プロフェッショナルの育成において、社員が良質な経験を得られる環境と、その経験からの学びを促す組織文化を作り上げることが不可欠であるということも、本書から得られる重要な示唆でしょう。
残念ながら、ここでは、本書から得られる知見のごく僅かな部分しかご紹介できません。
本書にはアンケートの統計的な分析やインタビュー調査などを踏まえた、プロフェッショナルの育成に関する提言もあり、一読すれば多くの有益な示唆を得られると思います。