

私が無知なだけかも知れませんが、企業の社員向けの研修プログラムには、「愛」をテーマにしたものはほとんど無いと思います。
でも、これからの時代は、特にリーダーを目指すビジネスパーソンの方にとって、「愛」について考えたり、「愛する」力を高めることの重要性が、ますます高まってくるはずです。
それは、なぜなのでしょうか?
その答えを一言で言えば、こうなります。
「あらゆるものの複雑化が加速している現代では、他者と協力し、高度な協業を推進する力がますます重要になっている」
これは、リーダーシップ研究で有名な南カリフォルニア大学教授のウォレン・ベニス氏の言葉です。
「愛」という言葉の意味は色々だと思いますが、この記事の中では、私なりに以下のように定義しておきます。
愛とは、善きつながりをつくる根源的な力
ベニス氏が言うようにビジネスにおいて他者と協力し大規模な共同作業をするには、先に定義したような意味合いでの「愛」がとても大切だと思います。
もちろん、もともとビジネスは一人ではできないものですが、特にこれからの時代は、「他者との強くて善いつながり」を創り保つことが、ますます重要になっていくと考えられます。
今の世の中の状況を見渡すと、次のような大きな二つの流れが浮き上がってくるのではないでしょうか。
一つ目は、世界が狭くなり、政治や経済において国や企業が相互に依存し合う関係になっていること。
二つ目は、社会の課題や顧客のニーズのレベルが高くなり、多様な智恵を集めないと対応できなくなってきていること。
まず、一つ目について、米国外交問題評議会会長のリチャード・ハース氏は、次のように言っています。
「自分で全てを決められる国は一つもない」
「現代を定義するのは、まさにグローバル化という現実である。人間、思想、温室効果ガス、商品、サービス、通貨、テレビ・ラジオ放送、麻薬、兵器、eメール、コンピューターや人間を侵すウィルス、その他実に多くのものが国境を越えて大量に流入している。ここから生まれる諸課題には、一国だけで対処できるものがほとんどない。多くの場合、協力や妥協、そして、ある程度の多国間主義が不可欠なのである」
「国境を越えた危機に対処するには、地球規模の合意形成が必要となる」
(2012年06月12日 読売新聞 朝刊より)
ハース氏の言葉の中の「国」を、グローバル企業の地域や支社に置き換えることもできるでしょう。
いずれにしろ、グローバルなレベルの複雑で大局的な合意形成を導くには、表面的な交渉術やコミュニケーションスキルだけでやり過ごす事ができないのは明らかだと思います。
お互いや全体にとってより善きものを探り、その実現に向けて献身しようとする根源的な力が無ければ、そのような難題は克服できないはずです。
また、二つ目についての象徴的な例が、最近日本でも注目されている「オープンイノベーション」です。
「オープンイノベーション」とは、自社やグループの枠の中で閉鎖的にイノベーションを試みるのではなく、幅広く外部に新たなアイディアを求め、協調して新たな価値を創造する手法です。
トヨタのような大企業でも自前主義の研究開発に限界を感じ、オープンイノベーションへ方針を転換し始めています。
このような手法を進めるにあたっても、自分だけが得をすれば良いというような利己的な姿勢では成功しないのは明らかでしょう。
ホンダの創業者である本田宗一郎氏も次のような言葉を残しています。
「人間にとって大事なことは、学歴とかそんなものではない。他人から愛され、協力してもらえるような徳を積むことではないだろうか」
以上のような世の中の潮流を見ると、ビジネスパーソンがリーダーシップを発揮して価値を創造していくには、「愛」という言葉が象徴する人間的なものを磨き上げることが不可欠だと思います。
しかし、そうは言っても、「愛」というと、きれいごととか難しいとか、日々の仕事とは少し距離があるイメージで捉える人も多いかも知れません。
でも、心理学者・哲学者として有名なエーリッヒ・フロム氏は、古典的な名著「愛すること」の中で、このように書いています。
「愛の本質は、何かのために『働く』こと、『何かを育てること』にある。何かのために働いたらその何かを愛し、また、愛するもののために働くのである」
また、こうも書いています。
「愛とは、愛する者の生命と成長を積極的に気にかけることである。この積極的な配慮の無いところに愛はない」
このように考えてみると、「愛」について考えることと、自分の目の前の仕事の目的や意味について考えることは、同じと言っても良いのではないでしょうか?
自分にとって「愛する」とはどのようなことか?
何を、誰を愛し、何のために仕事をしているのか?どんな仕事をしたいのか?
そのような問いに対する、自分だけの明確な答えがあるかないかで、仕事に対する意気込みが違ってくるように思えます。
優良企業を築いた経営者の多くも、「愛」に関係する信念に辿り着いています。
例えば、リコーグループの創業者の市村清氏は、「人を愛し、国を愛し、勤めを愛す」という三愛精神を信念としていました。
また、JALを再生に導いた京セラの創業者稲盛和夫氏は、このように言っています。
「それでも私は、大きな愛にめざめ、ほかの人たちのためによろこんで働くことを厭わない人が現れることを願っています。それは、このような大きな愛に目ざめたリーダーのみが従業員を幸せにできると信じているからです」
では、愛する力を磨くにはどうすれば良いのでしょうか?
絶対的な正解はないのかも知れませんが、エーリッヒ・フロムの著書「愛すること」に書かれていることも、ヒントの一つではないかと思います。
(お読みになった事の無い方は、記事冒頭のAmazonへのリンクを参照してください)
「愛は技術である」という前提で書かれていますが、表面的なノウハウではなく、人間としての本質的な成長について有益な示唆が得られる本です。
先に言葉を引用したウォーレン・ベニス氏も著書「リーダーになる」で、「リーダーになるプロセスは、調和のとれた人間になるプロセスとほとんど変わらない」と書いています。
私自身も、改めて「愛すること」を読んで、「愛する」力を磨くことは、調和のとれたビジネスパーソンへの成長とイコールだと思いました。
世界が複雑化するスピードが加速する時代だからこそ、一度立ち止まって自分なりに「愛」について考えたり、「愛する」力を磨くことを大切にしたいと思っています。