先日、NHK「三か月トピック英会話」講師で帝塚山学院大学の客員教授でもある、本間正人先生の「ミニ哲学講座」に参加してきました。
一般的に多くの人が持っていると思われる哲学のイメージとは全く対極的な、「哲学らしくない」楽しく学びの多い講座でした。
特に対極的なのは以下の三つの点です。
・かわいい絵本をテキストにしている
・哲学者の学説を取り上げない
・受講者が笑顔で語り合う
哲学の講座というと、何となく、哲学者が書いた高尚で難解な本を眉間にしわを寄せて読んで、大先生が延々と解説するようなイメージではないでしょうか?
本間先生の講座では、そのようなことは一切しません。
哲学について学ぶのではなく、「哲学する」講座なのです。
では、「哲学する」とは、どういうことなのでしょうか?
本間先生はこのように言っていました。
「哲学する」とは、「本質的な問い」を発すること。
ミニ哲学講座では、以下の、世界19か国で翻訳されている哲学絵本「はじめての哲学シリーズ」を使っていました。
この絵本は、反対語に関する本質的な問いと、かわいいイラストで構成されています。
例えば、「存在」と「外見」という反対語について、以下の問いが投げかけられます。
「存在は、つねに外見から判断されるものでしょうか?」
そのような絵本に書かれているいくつかの反対語をキーワードとして、本間先生にナビゲートしてもらいながら、参加者同士で語り合いました。
「理性」と「情動」というキーワードでも、色々な考えが出てきます。
「日本人は、外国人に比べて理性を重んじる傾向があるのでは?」
「日本人は、自分だけではなく、人の情動に共感できる感性があるのでは?大震災のボランティアはまさにそういう感性の現れかもしれない」
「議論」をするのではなく、相手の考えを否定したり、無理に結論としてまとめあげたりせずに、自由に自分の想いを語る場が自然と出来上がっていきました。
そして、語り合う受講者の表情は、活き活きとした笑顔になっていきました。
「本質的な問い」について、意見の優劣や収束等を考えずに自由に語れることは、決して難しいことではなく、本当はとても楽しいことなのでしょう。
きっと、本質的な問いに対して色々な人と語り合うことで、考えが深まり「自分の哲学」ができていくと思います。
この講座は約2時間と短いものでしたが、上に書いたような気付きをもたらしてくれました。
「哲学」というと、多くの人は「哲学者の説を学ぶこと」と考えてしまうと思います。
でも、もともと、「哲学(Philosophy)」という言葉には「知を愛する」という意味が込められています。
つまり、「本質的な問いについて考える」方が、本来の哲学の意味に近いのです。
これからの世の中はますます多様化が進み、異なる価値観や考え方を持つ人が増えてくると思います。
「哲学してみる」の中に書かれている反対語のように対極的な価値観を持つ人同士であっても、お互いを理解し合って協力することが求められてくるでしょう。
その時に必要となるのは、まさに「哲学する」力だと思います。
「本質的な問い」に対する答えを考え抜く。
「知=考える」ことを愛する。
そのような力を磨いていくために、本間先生の「ミニ哲学講座」のような、平易な入り口で本質的な問題を考える場が、もっともっと必要だと思います。
私自身も、人材開発に携わる者として、「哲学する」ための楽しいきっかけ作りを広めていきたいと思います。
「哲学してみる」は、絵本ナビというサイトで、全ページ試し読みもできます。
興味のある方は以下のURLを参照してください。