「人を育成しないのは罪悪である」
世界中に約30万人の従業員を擁するサムスンには、このような言葉があるそうです。
確かに、企業において人材育成はとても大切なことだと思います。
しかし、それを疎かにすることを「罪悪」とまで言い切ってしまうのには、サムスンの人材育成に対する鬼気迫る程の強烈な想いを感じました。
冒頭の言葉は、「サムスンの戦略的マネジメント」(片山修著)という本の中に書かれています。
私も様々な企業事例を調べていますが、グローバルに事業を展開している優良企業の人材育成には、特に以下の2つの特長があると思っています。
- 求める人材像が明確に定義され、シンプルな言葉で明文化されている
- 強固な人材育成のコンセプトが一貫性をもって実践されている
これが、独自性のある人材育成の仕組み作りの源泉になり、他の企業と明確に差異化された強みを生み出し、厳しいグローバル競争に勝つことができるのでしょう。
冒頭の言葉が象徴的だと思いますが、サムスンの人材育成においても、この2つの特長が濃厚に見て取れます。
サムスンの人材育成への取り組みについては、「サムスンの戦略的マネジメント」の中で紹介されています。
例えば、サムスンでは、どのような新人研修を行っているのでしょうか?
同書から引用します。(P163より引用)
サムスンでは、入社後、25泊26日の合宿生活がある。対象は新入社員約8000人だ。
朝5時30分から夜9時まで、20人から30人が一つのチームとなり、与えられた課題に取り組む。課題の内容は、経営理念、歴史、社会人マナー、経営、経済などだ。重点が置かれているのは、創造力、チームワーク、克己、限界能力の養成である。
社会奉仕活動もある。
教育の70%〜80%が体験型、参加型で、先輩社員による後輩指導が伝統的に行われているという。
6月には「夏期修練大会」プログラムがある。
目的は、新入社員に共同体意識を植えつけることだ。約8000人の新入社員が、グループ関係会社のCEO、新任役員など500人とともに、1泊2日のプログラムをこなす。
新入社員8000人となっていますが、これはグループ全体での人数です。
関連会社の同期社員が全員で同じ研修を受けることで、自然と協力関係も深まるのでしょう。
一読すると、まさに軍隊風の厳しさを感じる内容です。
今時の日本企業ではこのような研修は行われていないでしょう。
しかし、よくよく考えてみると、韓国経済の命運を背負ったグローバル企業だからこそ、上記のプログラムが必然となるのだと納得できます。
サムスンには、「サムスン憲法」があります。
その内容は以下の4つです。
- 人間味(心温かい人間性)
- 道徳性(道徳、公徳心)
- 礼儀凡節(東洋の伝統規範を守る)
- エチケット(世界で通用するマナーを守る)
また、経営理念には、以下の3つが掲げられています。
- 事業報国
- 人材第一
- 合理追求
これが、サムスングループの全社員に浸透しています。
新入社員に、このような人間性の根幹に関わるような共通意識を徹底するには、頭で理解するだけではなく、長期に渡り寝食を共にし体験を共有することが必要でしょう。
また、サムスンでは求められる人材像を以下のように定義しています。
(同書P156より引用)
・創造人
柔軟な思考と創造力をもとに、自分なりの個性と"気"を伸ばしていく人
・世界人
国際的な素養と外国語の能力をもとにして、互いに異なる人種や文化を積極的に受け入れられる人
・学習人
絶えず変化する"一生学習”の時代において、新しい知識と情報を絶えず習得していき、一つの分野の専門家として成長していく人
・社会人
人間味と道徳性を基盤に、ともに生きる健全な社会構成員として、自身の役割と責任を果たす人
このような人材になることが求められていることを、新入社員が深く理解するためには、朝5時半から夜9時まで課題に取り組む厳しさを乗り越える試練が必要でしょう。
また、特に「世界人」としての意識を持たせるには、世界のグループ社員が一堂に会して研修を受けることが有効となるでしょう。
例に挙げた新入社員研修だけを見ても、世界中の約30万人が、同じ価値観や思考様式を共有しスピーディに協調して動けるようになることを、明確な目的とした一貫性が感じられます。
そして、その一貫性とは、サムスンが、自社の経営理念や求める人材像、サムスン憲法などの人材育成に関するコンセプトを、どう具現化するか考え抜いた結果の現れなのでしょう。
最近では研修の費用対効果なども話題になります。
サムスンでは、前述のとおり、新入社員約8000人を25泊26日かけて教育しています。
これには、かなりのコストや労力がかかるはずです。
しかし、それはグローバルな競争に勝つために必要な投資と考えているのでしょう。
新入社員研修だけに限らず、人材育成プログラムを考えるときには、自分たちの会社が本当に大切にしているものを問い直すことが必要なのでしょう。
本当に大切なものが見えれば、目的も明確になり、手法やコストも自社にとって適切なものになってくるでしょう。
そして、他社と明確に差異化された、独自性と一貫性がある人材育成の仕組みができあがっていくはずです。
サムスンの、鋼のように強固な人材育成コンセプトの徹底ぶりを見て、改めてそう感じさせられました。
その他にも、同書には、日本企業を脅かす勢いを持つサムスンの、マネジメントの実情が書かれています。
興味のある方は、読んでみると有益なヒントが多く得られると思います。