2018年5月20日 (日)

いつでもどこでも幸せでいるために

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通りすがりの上野の夕焼け(iPhoneで撮影)


当たり前ですが、人は誰でも幸せになりたいと思っていますよね。


だからこそ、幸せになるにはどんな能力が必要なのかを考える時もあるでしょう。
そして、人はそれを身につけようと色々と努力もします。


でも、絶対に幸せになる為の能力が本当にあるのだろうかって、私は疑問を感じるんです。


それは、経済力かも知れないと思った事もあります。
「でも、私より裕福なはずの家庭で痛ましい事件が起きるのは何故なんだろう・・・?」


それは、異性を惹き付ける力だと思った事もあります。
「でも、とても美しい人と結ばれても、裏切られる事があるのは何故だろう・・・?」


ちょっと、暗い面ばかり見ている気もしますが(笑)


でも、そんな風に色々考えてみると、ある事に思い至ったんです。


本当に大切なのは・・・。


「幸せに“なる”力ではない。幸せを“感じる”力なんだ」


時々、夕暮れの空を見上げる事があります。
別に特別でない通りすがりの場所での、ごく普通の夕焼けの光景です。


でも、そんなありふれた夕焼けを「美しい」と感じられるのなら、それだけで十分幸せな事なのかも知れません。


なぜなら、ありふれた夕焼けは、誰にでも平等に訪れるものだから・・・。


全ての財産や愛する人を失った時にも、そんなありふれた夕焼けは、いつもと同じ様に空を染めて行くから・・・。


これから得ようとしている何かでなく、今ここで手にしているものに、感謝や美しさを感じられるか・・・。


それが、いつでもどこでも幸せでいられる為のカギなんじゃないでしょうか。

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2018年5月13日 (日)

「ソーシャル・キャリアコンサルタント」としての働き方のスタイルとは何か?

私は、自らの「働き方」のスタイルを、「ソーシャル・キャリアコンサルタント」と名付けています。
「働き方のスタイル」とは、必ずしも、「生計を立てるための手段」という意味だけではなく、自らの「在り方」を指しています。

では、「ソーシャル・キャリアコンサルタント」という働き方のスタイルとは何か?
私は、このように考えています。

「キャリアコンサルティングの知見・手法を活かし、人が秘めている潜在的な力の開花を起点に、より良き組織・社会への変革を目指し、社会的課題の解決に貢献する。」

この働き方のスタイルを別の切り口で見れば、以下の掛け合わせになります。

社会起業家×キャリアコンサルタント=ソーシャル・キャリアコンサルタント

つまり、「ソーシャル・キャリアコンサルタント」とは、「社会起業家のスタイル」と、「キャリアコンサルタントのスタイル」の双方を実践することによって、社会的課題の解決に貢献する働き方のスタイルなのです。

では、「社会起業家のスタイル」とは何か?

私が考える「社会起業家」とは、福祉や環境などの社会サービス分野で起業するような人を指す言葉ではありません。
これからの時代の「社会起業家のスタイル」とは、次のように捉えられるべきでしょう。

「社会貢献」や「社会変革」の志を持ち、「現在の事業の革新」や「新しい事業の創造」を通じて、「良き社会」を実現しようと考え、働くこと。

これは、「社会起業家フォーラム」を設立し多くの社会起業家を育成してきた多摩大学大学院の田坂広志教授が、その著書「これから働き方はどう変わるのか」に書いている「社会起業家のスタイル」の定義です。

これからの時代は、企業においても社会性が求められ、営利組織と非営利組織の境界が無くなる方向に進んでいきます。
たとえ新たにNPO法人を立ち上げるなど特別なことをしなくても、企業などの営利組織の中で、社会貢献の志を持ちながら目の前の仕事に取り組むならば、誰でもが社会起業家なのです。
田坂広志教授は、同書の中でこう書いています。

社会起業家にとって最も大切なことは、
「どれほど大きな事業の革新を行ったか」や
「どれほど大きな事業の創造を行ったか」ではありません。
最も大切なことは、現在の自分の置かれている環境や制約のなかで、たとえ小さな一歩でも良いから、事業の革新や創造に取り組むということです。
その革新や創造に取り組む事業は、決して、最初から「大きな事業」である必要はありません。
ときに、それは、我々が日々取り組んでいる仕事の「小さな革新」でも良いのです。

私は、多摩大学大学院のMBA課程において、田坂先生の講義と論文指導を受け真剣勝負を重ねながら、そのような「たとえ1ミリでも目の前の現実を動かす」ことに打ち込む社会起業家のスタイルを学びました。
それが、私の「ソーシャル・キャリアコンサルタント」としてのスタイルの拠り所となっています。

では、「キャリアコンサルタントのスタイル」とは何か?

まず、よく使われる言葉ではありますが、そもそも「キャリア」とは何でしょうか?

もちろん、人によって様々な考え方はあるのですが、キャリア発達理論において最も認知されているのは、心理学者ドナルド・E・スーパーが提唱した以下の定義です。
  • 人生を構成とする一連の出来事
  • 自己発達の全体の中で、労働への個人の関与として表現される職業と、人生のほかの役割との連鎖
  • 青年期から引退期にいたる、報酬無報酬の一連の地位
  • それには学生、雇用者、年金生活者などの役割や、副業、家族、市民の役割も含まれる
「キャリア」とは、決して職業や地位だけを指すのではなく、まさに、人生そのものという事でしょう。

一般的に「キャリアコンサルタント」というと、学生の進路選択や就職活動、社会人の転職などに関する支援をする人というイメージを持つ人が多いと思います。
また、自分自身の「市場価値」を高めること、すなわち「キャリアアップ」を目指し、他のビジネスパーソンとの競争に勝つことを働くことのゴールだと思っている人もいるようです。

しかし、これからの時代の「キャリア」とは、そのような狭い意味に囚われるのではなく、スーパーが定義しているように、幅広く本質的な意味付けをすべきだと思います。

ミネソタ大学名誉教授L・サニー・ハンセンは、新たな時代のキャリアに対する考え方について、こう言っています。

環境問題や人権、多元的な文化、暴力など、各国が直面している問題は、キャリアプランニングにも新しい基本的な考え方を求めています。
今後は、自分の満足や生計のための個人的な職業選択だけに焦点を当てるのではなく、意味ある人生のため、つまり自分にも社会にも役立つ仕事をするために、一生に何度も選択をしていくということが重視されるようになるでしょう。

古来より日本においては、「働く」という言葉に、「傍(はた)を楽(らく)にする」、つまり「周りの人々を楽にする」という意味が込められていました。
アメリカの先端的なキャリア理論家であるハンセン教授も、全くそれと同じことを言っているのです。

私は、以上のような考え方を踏まえて、「キャリアコンサルタントのスタイル」を、以下のように捉えています。

はたらく人々が、より良き人生を生きるための支援を行うこと。

社会は「人」の集まりです。
その社会を構成する一人ひとりのかけがえの無い人生がより良きものになれば、より良き社会への変革も促されるでしょう。

つまり、「良き人生を生きるための方策」であるキャリアコンサルティングの専門的知見・手法を駆使して、「良き社会」を実現しようと考え、働くことが、「ソーシャル・キャリアコンサルタント」の働き方のスタイルなのです。

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2018年5月 6日 (日)

「成功」と「幸せ」の違いとは・・・?

時々、著名な方が薬物使用で逮捕され、ニュースになることがあります。
その度に、いつもこのような想いが心に浮かびます。

人の幸せにとって大切なのは、「成功」よりも「癒し」ではないか?

もし有名になり「成功」をおさめることが幸せだったら、薬物に依存することはないでしょう。

いわゆる世間一般の基準で云う「成功」と「幸せ」は、違うものではないでしょうか。
昔読んだ矢沢永吉さんの「アー・ユー・ハッピー?」という本の中には、こんな言葉が書かれていました。

「金も入った、名誉も手にした。だけどさみしさは残った。おかしいじゃないか。オレは思った。すべてが解決するはずなのにさみしさがあるなんて。ハッピーじゃないなんて。こんなはずじゃないと思った。」
「そう思ってふと見ると、幸せってレールは隣にあった。オレはそのレールに乗っていなかった。」

矢沢永吉さんは、かなり不遇な子供時代から必死に「成り上がり」で「成功」をおさめた方です。
その矢沢さんも、やっぱり、「成功」と「幸せ」の違いに気付いていたんですね。
そして、こんな言葉もありました。

「金はたしかに便利なものであるけれども、絶対的なもんじゃない。」

「『矢沢、横をごらん。オマエはサクセスを手に入れたけど、人間というのは、それに伴う気持ちとか、周りを思いやる気持ちが背中合わせにあるんだよ。』そういう声が聞こえた。」

たぶん、心の傷というのは、お金とか社会的な成功を得たから癒えるものではないんだと思います。

矢沢永吉さんの場合も、サクセスを手に入れた後も子供時代の心の傷が癒えていなかったから、「すべてが解決するはずなのにさみしさがあるなんて。ハッピーじゃないなんて。こんなはずじゃないと思った。」という気持ちになっていたのでしょう。

だから、傷ついた心を抱えていたとしたら、まずは自分をいたわってその傷を癒してあげることが必要なんじゃないでしょうか。

どんな時にも、まずは自分が、ありのままの傷ついた自分の弱さを受け入れてあげられたら、きっと幸せのレールに乗る事が出来る様な気がします。

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魔女のキャリアカウンセリング


就活中の学生の方はもちろん、既に働いている方々も、将来のキャリアについて考える時には、色々と悩む事も多いでしょう。


「キャリア」について考える時に、わたしにとって共感できる言葉がいくつかあります。


その中の一つが、「西の魔女が死んだ」(梨木 香歩 著)という小説の中に出てくるこの言葉です。


「自分が楽に生きられる場所を求めたからといって、後ろめたく思う必要はありませんよ。サボテンは水の中に生える必要はないし、蓮の花は空中では咲かない。シロクマがハワイより北極で生きるほうを選んだからと言って、誰がシロクマを責めますか」(P162)


ストーリー等は冒頭のアマゾンへのリンクを参照して頂くとして・・・。


この言葉は、不登校になった少女におばあちゃん(西の魔女)が語りかけた言葉です。


どの会社に入れば安定した生活が送れるのか?
社内のどのポジションへ行けば出世が早いのか?
このままでいるか、転職すべきか・・・?
スキルアップしないと取り残されるんじゃないか?


色々と考える事はあるかも知れません。


でも、結局一番大事なのは、自分が、サボテンなのか蓮の花なのかシロクマなのかを、しっかり見つめる事なんだと思うんです。


現代は、ものすごく変化のスピードが速くなっているので、会社や職業の条件も刻々と変わって行きます。
でも、自分の深い部分はそれほど大きく変わるものではないでしょう。


だから、自分がシロクマだと分かったら、難しく考えずに、北極に行けば良い。
そして、北極に行ったら、肩の力を抜いて、素直に、自分の心の声に従って生きれば良い。


そうすれば、無理に頑張りすぎなくても自ずと成長して行けるでしょう。


でも、そもそも、なんで成長しなきゃいけないんでしょう?


西の魔女は、こんな風に答えてくれます。


「本当にそうですね。でも、それが魂の本質なんですから仕方がないのです。春になったら種から芽が出るように、それが光に向かって伸びていくように、魂は成長したがっているのです」(P119)


アメリカ心理学会が実施した、「最も影響力のあるサイコセラピストを三名あげよ(故人も含む)」という調査で第一位に選ばれた、カール・ロジャースも、西の魔女の答えと同じようなことを「実現傾向」と呼んでいました。


カール・ロジャースの言葉ではこうなります。


「内的な刺激があろうとなかろうと、環境が好ましかろうと好ましくなかろうと、有機体の行動は自らを維持し強化し再生産する方向に向かっています。これが、私たちが『いのち』と呼んでいるプロセスの本質です」

※出典
諸富祥彦著「カールロジャース入門自分が〝自分〟になるということ」P164


つまり、私達の中には、自分を知る力や、成長する力がもともと備わっているということです。


でも、先々の事を考え過ぎたり、周りの声を聞き過ぎたりすると、私たちの中に元々備わっている力が弱ってしまいます。
キャリアカウンセリングでは、周りのノイズを取り払いながら、自分自身の核のようなものを見出すプロセスを辿ります。


キャリアについて悩んだ時には、遠回りに感じられるかも知れませんが、ゆっくりと立ち止まって、静かに自分自身の魂の声に耳を傾ける時間や場をつくることが大切なんだと思います。

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2017年8月17日 (木)

なぜ、ビジネススクールで、児童養護施設のドキュメンタリー映画の自主上映会を開催したのか?

「なぜ、ビジネススクールで、児童養護施設のドキュメンタリー映画の自主上映会を開催したのか?」

先の記事で開催レポートを掲載した「ソーシャルMBAフォーラム」について、このような疑問を持った方も多いことでしょう。
確かに、それは尤もだと思います。

ごく一般的なビジネススクールが開催するイベントのテーマは、大体このようなものでしょう。

「利益を最大化し、株価を向上させるにはどうすればよいか?」
「ベンチャーを立ち上げ、上場させるためにはどうすればよいか?」

そこに、こんな問いを並べたら、確かに違和感があると思います。

「本来誰もが受けられるべき、実の両親からの無償の愛や保護を得られなかった子どもたちは、児童養護施設でどんな日常を送っているのでしょうか?」

では、なぜ、あえてビジネススクールで、児童養護施設のドキュメンタリー映画の自主上映会を企画したのでしょうか?

その答えは、人種差別撤廃運動で有名なマーチン・ルーサー・キング牧師の言葉にあります。

「愛なき力は、無謀で乱用をきたすものであり、力なき愛は、感傷的で実行力が乏しいものだ」

キング牧師は、人は一般的に「愛」と「力」のどちらかに偏ってしまう傾向があることを見据えた上で、どちらかを否定するのではなく、その両方が必要だと考えていたのでしょう。

リーマンショックの頃の米国企業では、MBAを取得したシニアマネジャー達が、その知識や操作主義的なスキルを権力の源泉として振りかざし、短期的な業績数値を追い続けました。
彼らは、安易なリストラに走ったり粉飾決算など不正を犯してでも、事業を延命、株価を引き上げ、見返りに高い報酬を得られれば良いという考え方に全く疑問を持ちませんでした。
そして、今や、日本の名だたる大企業でも、同じような過ちを犯しています。

それは、まさに、「愛なき力は、無謀で乱用をきたす」ことの象徴と言えるでしょう。

しかし、いくら「社会に貢献したい」という愛があっても、事業経営に関する正しい知識やスキル・行動姿勢やアイディアなどの「力」がなければ、新たな価値を世の中に提供し続ける事はできません。

そう考えてみると、ビジネススクールの本来あるべき姿とは、「力」と「愛」の二つの側面からバランスの良い教育を、ビジネスパーソンに提供することだと言えるでしょう。

イノベーションの大家として有名なハーバード・ビジネススクールのクレイトン・クリステンセン教授は、東日本大震災からの復興を応援するメッセージを日本人に送ってくれました。
これは、クリステンセン教授自身が、心臓発作、ガン、脳卒中の三重苦を乗り越えた経験に根ざした言葉です。

「自分自身の不運と抱えてしまった問題ばかり考えていて、私はほかの人たちを助けたり奉仕することについて考えるのをすっかり忘れていました。
人々の生活を向上するために何ができるのかを考えるのではなく、私は自分の問題、自分の欲求、自分にとって必要なことばかりを考えていたのです。
私の不幸の原因は自分自身のそうした自己中心的な考え方なのであって、自分自身を“復興”するプロセスを通して、幸福とは私利、私欲、私心を捨てることによって初めて手に入れられる心の安息なのだと気づいたのです。
それを実行することはとても難しいことです。人は、自分は他人とは違う特別な存在なのだと考えるものです。」

※出典:日経ビジネスオンライン

結局、米国のビジネススクールの教授も、「力」だけではビジネスパーソンにとして幸福になれないという結論に辿り着いたのです。

「ソーシャルMBAフォーラム」で上映した映画「隣る人」は、決して児童養護施設の実状を知るだけでは収まらない、人間の在り方の本質に迫る様々な問いが浮かび上がって来る映画だと思います。
そして、そこには、日本における社会的課題が映し出されています。

日本のビジネスパーソンは、そのビジネスで培った「力」を、社会的課題の解決に還元することによって「愛」とのバランスが取れ、自分自身もさらに幸せになれるのではないでしょうか?
そのようなことを考える場を創りたい。

それが、あえて、ビジネススクールで児童養護施設のドキュメンタリー映画の自主上映会を開催した理由です。

「愛なき力は、無謀で乱用をきたすものであり、力なき愛は、感傷的で実行力が乏しいものだ」

キング牧師のこの言葉は、私が提唱する「ソーシャルMBA」のスタンスを表す言葉でもあります。

私は、これからも、ビジネスパーソンの方々に、社会における「愛」の側面の重要性をお伝していきたいと思っています。

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